升形本 『あい之本』小田 幸子・井上 愛 校訂 【凡例】 1、原本を忠実に翻字した。 2、漢字の旧字体は、原則新字体に、片仮名のハ・ニ・ミは平仮名に改めた。 3、濁点、振仮名は原本にあるもののみ採用した。 4、句読点を適宜付した。原本の「。」印は、「。ママ」とした。 5、セリフの引用は「」。とし、引用が連続する場合は、「」。「」。とした。 6、傍記・補記・注記の類は〔 〕に入れて、校訂者の判断により、しかるべき箇所に記した。 7、適宜改行した。 8、誤字・脱字・衍字の処理について   ・原本の誤字はできるだけ原本の形のまま書いて、当該箇所に傍線を引いた後、括弧( )内に正しい字を記した。訂正せずに傍線を引いて(ママ)と注記したものもある。本書の場合、誤字なのか訛りなのか判断しにくいことがあり、誤刻と区別するための処置である。   ・表示できない漢字は〓で表記した後、( )にいれて補った。   ・脱字があると判断した場合、当該箇所に括弧( )に入れて補った。本書は助詞の類を脱していることが多いため、脱字と判断して多めに補ってある。   ・衍字には当該箇所に傍線を引き、括弧内に(衍)と注した。 9、判読不能、訂正箇所について。   ① 空白→□(空白)、抹消→□(抹消)、虫損→□(虫損)とした。   ② 校訂者が文字を推測した場合。 □(空・〇)、□(抹・〇)、□(虫・〇)など。   ・ミセケチなど判読可能なものは、当該部分に傍線を引いて示した。   ・訂正後の字を傍記している場合は、当該箇所に傍線を引き、右に訂正した字を記入した。   ・文字の上に直接訂正している場合は、校訂者が判断して訂正後の字を記した。   ③ 難読で、校訂者が推測した場合はその文字に傍線を引き括弧内に推測した文字を記入して(〇?)とし、文字を推測できない場合は□(?)とした。   ④ 第一冊「所作付」冒頭に記す曲名目録と本文の対応関係には齟齬があるため(解題参照)、便宜上本文の順番に合わせた「所収曲」を付した。 ・翻刻は、外題と賀茂~黒塚(前半)を小田幸子、黒塚(後半)~現在八島と末尾の目録を井上愛が担当し、その後、全体にわたり共同で検討した。解題については、前半の書誌を小田が、後半の古演出関係を井上が執筆したうえで、共同で検討した。 (小田幸子) 所収曲 かも 老松 ゆみ八幡 白楽天 なにわ 高砂 あま うのは 竹生嶋 ろふたいこ ぬへ うかい 八(鉢)木 三井寺 羅生門 今(金)札 あをひ(の)上 矢嶋 自然居士 あしかり のもり ゑひら うかい あこき 田村 あま ぬへ たゝのり たつた 小塩 井筒 くまさか ていか 女郎花 にしきゝ とをる うねめ うき舟 くわうてい さねもり 源三位 国栖 もみちかり 大江(会) せつしやう石 せかい しやり 三輪 道成寺 くろつか 藤戸 百萬 ほうか僧 さねもり くらま天句(狗) 花月 藤永 かんたん 春永 竹生嶋 はし弁慶 たんふう ゑほしをり ふしたいこ さいきやうざくら 七きおち とうかんこし せんじそか くまてほうくわん はんごんかう 竹の雪 きふね けんさい八嶋  【翻刻】 「所作付」 あしかり            せかい  のもり  〔よのあいしらいの本に有〕    しやり ゑひら             うねめ  □□(抹・松風)  にし木ゝ            あこき  とをる   田村              さねもり うき舟 よりまさ            三わ   道成寺   くろつか            ふしと  百万   〔よの□(抹消)本にもあり〕   くまてほうくわん 花月 ほうか僧            かんたん 春永   藤永              ゑほしをり たんふう はし弁慶            さいきやう□(虫・さ)くら   ふしたいこ                     七きをち せんしそか とうかんこし          はんこんかう  くまてほうくわん        きふね  竹雪               八嶋かたり                     かも 「かやうに罷出たる物は、かもの明神につかへ申しんしよくの物にて候。それ日本は小国とは申せとも、れいしんあまた地をしめて御座候中にも、当しやの御神は、めくみあらた成御神なれは、さい〳〵所々よりも、袖をつらね、くひすをつき、ひゝに御参なされ候へは、しやとうのまへも、事外にきやかに候。そうして神の御事はあさ〳〵しくは申さねとも、其神ひうかの国其だけにあまさからせ給ふ。それより、やまとの国かつらきのみねにとびうつり給ふ。又、やましろ国、おたきのかも〔に〕とひうつらせ給ひ候て、だんしやう〔に〕かこやひめに〔ち〕きりをこめ給ひ、そぶなつけ給ひ候て、三人の御子をもうけ給ふ。そぶなつけたまひ、なるいかつちの神となり、かも三ところの明神にいわひ申候。かみかもと申候は、ひかけ山を申候。中かもと申は、たけつの御やしろにて候。下かもと申候は、たゝすのみやと申候。ちんはいあまた御座候へとも、今月今日は御田うへの御しんはいにて候。それ〔に〕付、承候へは、むろの明神のしんしよく当しやへ始(はしめ)て御参なされ候間、そうとめ立をよひいたし、みたをうへ、御目にかけうと存候。よしない長物かたり申よりも、まづ案内申と存」。 〔かくやへむいて〕「いかにそうとめ立へ申候。早々御出あつて、みたをうへ候へ。其分心得候へ〳〵」。 〔さかりはにてかゝるへし。そうとめあふきをひろけてみる〕。 そうとめたちをよびいたす□□(虫・事も)「へつの事てもをりなひ。むろ明神のしんしよく、はしめて参詣なされ候間、みたをうへて御目かけうとの御事にて候」。「一段と用をしやらします」。 〔まへかたにかみ山をうとうて出てから、うたいすまし、かんぬしともんたいゆふ(て)からふたいを一返ま(は)る。かたひらのかたをぬく也。つくほうている〕。 「いつもはそれかしがをんとをとりますれとも、今日はさうとめたちのをんとかやう御座ろ」。「いや〳〵かれいのことくかんぬし殿のをんとがやうをしやらします」。「かれいとをしやるほとに、さあらは、それかしか、をんとをとりましやう」。〔むかふへむいて、ゑふりをたて、あふきをひろけて、あふき中をつかんて、さあら〳〵〳〵〕「まいらせ候〳〵其年のねんこ(ママ)かうは能ねんかうなり、月のかすは十二月、日かずは三百五十八日、春のはしめのたなをろしすくなく□□(虫・とも)、しろかねのはなさき、こかねのみなり、しやくのほたれ、にしゆんのつふ、此よねをかりとり候へは、町に千〔まん〕そく、せまちに千そく、いわいをさめてこへをあけ」。 うた\うゑひ〳〵そうとめ、たうへは(ママ)さうとめ  さうとめ\めてたき御田うへに、なわしろにをりたち かんぬし\をりたちて〳〵田うへはそうとめ、かさかうてきしやうそ  女下\かさかうてたむならは〳〵〔な〕をもたをは、うよ(ママ)やうよ  かん\いかにさうとめ、とびをか山に白たまつはきに花のさいた〔を〕みたるか  女\かりヤトをかさねて、さいたるそ、めてたき  かん\さつきのさにうほうと、春のうくいすと  女\こへくらへん(ママ)しやう、春のうくいすと  かん下\さなへとるとて手をとるそおかしき  女下\とつたらはたいちか、わかい時のならいよ かん下\さなへとる〳〵山たのかけひ、もりにけり 女\ひくしめなわに、つゆそかゝりたる かん\いかにさうとめ、けしやう文かほしいか  女\けしやう文をたむならは、さそなうれしからまし  かん\けしやう文を□(も?)つたりと、なにゝしやうぞ、みめわる  女\つらにくの〔男〕め、ゆふた事よ、はらたち  かん\まことにはらかたつなら〳〵は、みつかゝみを見さしめ  女\なはしろのすみ〳〵の水はかゝみかは  かん\かゝみを見たりとも、かを〔は〕よこれたり  女\かをはゑこれたりとも、おもふ人はもつたり  女(かん)\いかにさうとめ此国の山〳〵に花のさいたるを見たるか  女(かん)\けにきつと見たれは、こかねの花もさいたる  かん\を□(虫・う)めてたし  女\をうめてたや、けにめて〔た〕かりける  \まことにめて〔た〕かりける めてたき□□(虫・御田)うへうへ(ママ)に、せんしよまんしよのとみふれり〳〵  〔大夫中入ならは、つくり物はやくとるへし〕 老松 よひ出     高砂  よひ出也。しやうそくは、すおふきるへし。         ゆみ八幡 まつしや あま よひ出。しやうそく、くゝり。 白楽天 同 うのは まつしや   なにわ 同 竹生島  のふ力 〔つきん・水衣・しゆす。□(虫・か)きをこしにさし、出〕。 いろ〳〵 かたりすましてから、「□□(虫・さて)たから物をおがませ申」。わき「見よ」とゆふ。「是か当しやのかきて御さる」。あふきをひろけて、たいこうちのそはへいて、あふきへのせて、是よりあとにしやたんへむいて、内、とひらをあけて、「きり〳〵」、りやうへとひらをあけておかむ。しゆつをふところにいれて出、おかみしもふて、いんのむすぶまねをする。たちのゐて、「おかましられい」とゆふ。たから物を、爰にて、「さらはたから物をおかましらりやうか」とゆふ。みな見せてから岩とび申事の候。此よしをうかかう。さてまひは、ほうかくをまふへし。〔さて、いんのむすび、しゆす□(お?)かむ時分、くり、かんきするていに、くちをうこり〳〵とうこかす〕。 ろふたいこ わきとつれ立出、ろうよりさきへかしこまつている。はんの事を、わきゆい付。ろうのはんをする。たちをもつて出る。其たちを〔ろうの右〕わきにをひて、ろうのまへにいる。いろの事ゆふて、わきへのいて、いかにもきもつふゐて、わきへ此由をつくる。いかにもけわしく、わきの前出てこける。わきいろ〳〵の事をゆい付て、わきへのゐて、「さて〳〵さん〳〵にしからりやうとおもたか、さほとにのふて、あら心やすや」。それからがくやの方へむいて、色〳〵ゆふ。さて、せいぢの女出てから、それをつれ、ろうのみきかとより、二尺ほとさきにをく。「いまの女をひきたて〳〵」と、うたいをうとふ時、二のくにて、女をひきたゝて、ろうへいるゝ。ろうの右のほうへ少よつて、太刀のそりをかやいて、かたきぬのかたをぬいて色〳〵ゆふ也。わきしかる。其時いかにも、しを〳〵としてのく。さてたいこを、ちゝより下につる。あふきをとりなをいて、ときをうつ。十うつて、「あすのにさしつこう」とゆふ。よく〳〵大夫を(と)ゆいあわせすへし。わきともゆいあわせすへし。 ぬへ これは、「すさきのとうへ」と、おしへ申候。さて後にわ、かゝりてゆふ也。いろ〳〵口伝有。是は、あいあいしらいと申也。あいをかたるやうには、かたらぬ物也。た物かたり也。 うかい あいあひしらい、ぬへと同事にかたるへし。 是は、「かわさきのみとうへ」と、をしへやる。ぬへと同事也。 八(鉢)木 はやつゝみにて、はしり出る。しやへり。「きいたか〳〵」とゆふ(て)出る。色〳〵の事をふたいの中にてゆふ。二人つれ立出る。一人は「はらかいたい」とゆふてはいる。一人はふるゝ。 かたなさす。二人なから、かたきぬのかたをぬく。二人なから、つへをつき出る。のちに出物と(は)、そはつききる。かたなさいて出る。又三人も出る。三人なからふるゝもあり。はしかゝりにて、ふるゝ。又一人□(虫・は)してはしら二尺ほとさきにてふるゝ。一人は大しんはしらのさきにてふるゝ。むしやを見る物は、にかいとうの物になりて、たちを以出る。二人してふるゝ時は、はしかゝりにて。又、一人はふたいにてふるゝ。 三井寺 ゆめあわせする物は、太こうちのそはにいる。大夫、ふたいにて少うたひ有て、しやうめんにて、色〳〵有てからかへる。ゆめ合申物、能時分に出て、はしかゝりにて色〳〵ゆふて、してはしら少さきへ出、ゆめあわせ、のく也。 のふ力、わきとつれ立出て、「扨も〳〵いつもとは申なから名月しやによつて、今夜の月は扨も〳〵のとかておもしろい事かな」。「なにとおほしめし候そ。〔今夜の月は〕いつもとは申なから名月しやによつて、おもしろい事て御座らぬか。夜長にも御さるほとに、一つきこしめして、なくさましられい」。酒を一つつゝもる。「のふ力一さし御まい候へ」と、わき方よりゆふ。一天しかいなみをもう。まいしもうてから、ほつとたつて、「やあとん〳〵とゆふは。なんしや、女物くるひかくるう。やれ〳〵是はみたい事しやか。何としてよかろうそ。いや〳〵さりなから、うかゝはざなるまいか。いそいて此由を申上と存」。わきのそはへよつて、「いかに申上候。女物くるひかくると申。ちとおなくさみに御ろうせられまいか」。其時かたくきんせいの由ゆう。わきへのいて、「扨〳〵是はみたい事しやか、なにとしてよかろうそ。それかしは、せがれの時より人のみよと申事はみとむなし、なみそとゆう事はみたいか、なにとしてよかろうそ。さりなから、女物くるいかくるならは、せはひみちを、くつとあけて、こちへくるやうて、こぬやうて、こちへは、な、こひ〳〵」。あふきをひろけて、〔「ふねもこかれていつらん。舟人もこかれいつらん」〕。ゆうてから、ほつと立て、「やれ〳〵夜せんの大こしゆにたべやうて、かねをつきわすれた。かねつかう」。「こう〳〵」と二つ三つく。〔あふきをとりなをし、つく〕。大夫さゝのはに、うしろをたゝく。わきへのいて、〔大夫〕「なにとてなんしはかねつくそ」。「おふ中〳〵、それかしかつくこそ道理なれ、此寺のかねつく〳〵ほうし」とゆふ。わき方のそはへいて、ゆう。大夫「かねつくへし」とゆう。 「それに御まち候へ」。ほうしへうかゝう時、じうたいしをとる。〔後に〕ほつとたつて、「女物くるい、かねをつかうと申、おつつけ御さつて御らふせられ候へ」、とゆふてのく也。書物をよくみるへし。いろ〳〵しな有。 羅生門 つへをつく 〔とれにても、しやへりは、かたきぬのかたをぬき、かたなさす〕。 はやつゝみにて、「きいたか〳〵」とゆふて、ふたいを一返まわる。しやうそくは、しやへり。二人なから色〳〵ゆふへし。一人は、「おれもいこ〳〵、やとへいこ」とゆふてはいる。後物も、色〳〵ゆふて、「おれもいこ〳〵」とゆふて、「やとへいこ」とゆふて、はいる也。 今(金)札 はやつゝみ、是はとく〳〵と出る。しやへり也。 あをひ(の)上 しゆしやくゐんよひ出 、こひ(ママ)聖処へつかいにやる。物のけの事をゆふ。してばしらさきへすこし出て、急ひしり方へ行、してはしら内へ少入て安内の事をゆふ。此ゆう事をふしにてゆふ。わきへ(ママ)出てから、あいしらい、つる〳〵とそはへよつて、「御つかいにさんして候」。ふしにてゆふへし。わき申は、「そも御つかいとは、いかなる物そ」とゆふ。あ(を)ひの上の事を申。是は、ことはにてゆふ。あとをふしにて申候。わき、してはしら一尺ほと内にいる時、「小ひしりしやうして、まいりて候」と申上候。いろ〳〵ゆふてのく也。 矢嶋 長はかまにて。其時大こうちのそはにいる。大夫中入して、扨又してはしらのさきへ少出て、しほやをみまい申。わき少もみぬやうに仕候。「しほやのとかあいて、ふしきな事しや」と、ふしんする。「あたりに人もなひが」とゆふ。わきを見付ていろ〳〵有。「もうかうを仰らるゝ」とゆふ。よ一をかたる時は、わきとよくゆいあわせする。あいのかたり大事て御座る。かけきよとみをのや事をゆふ。「は(な)のさきらつくわ仕候」とゆふ。よ一かああ(衍)ふきをいたるところを所望仕候時、かたるへし。 自然居士 かみかゝりには、わきよりさきへふるゝ。又下かゝりには、わき出て、わき上面へなをりてから、ふるゝ。下かゝりは、子ひき立、わきしやうめんから出て、本のところへつれてゆく。かみかゝりには、さきへふ□(抹消)れて、こじをよひ出てのく。わきは、はしかゝりにて、うたいて、子をひきたて、つれてのく。其時、あいしらい、たつ也。 下かゝりにても、かみかゝりにも、小袖よりさきをとをらする。しやうそくは、すをう・くゝりはかまにて、してはしら少さきへ出て、ふるゝ。ふれてから、かくやへむいて、ちよしゆの物参たるよしゆふ。「こじ御出候へ」とゆふ。大夫「ふれて有か」とゆふ。「中〳〵ふれ申て候。ちよしゆも、くせんくんしゆ仕候」とゆふ。大夫出て、しやうきにこしをかける。かくやへいて、おさなき物をつれ出、はしかゝり大めほと、おさなき物出る。小袖ひたりにかけ、ふしゆ左にもたせ、右にあふきもつ。あひしらいより二尺ほとさきへをく。わき、を〔さ〕なき物をひつたて行。其まゝほつとたつて、みあし、あゆみ、「やるまいそ〳〵」とゆふ。わき「やうが有」とゆう。「やうがあらはつれてゆかふ迄よ。にか〳〵しひ事しや」と、わきへのいてゆふ。さて、こしへ此由つくほうてゆふ。こしは、「いつく迄」とゆふ。「大津松本迄参つる間、それかし、をつかけ申さう」とゆふて、ほつとたつて、ゆかふとする。大夫「しはらく」とゆふ。其時下にいる。大夫「それかしゆかう」とゆふ。「其義ならは、せつほうかむになろうつる」とゆふ。「けうのせつほう是迄」とゆふ時、手かつしやうの内に小袖をとつて、かたへかける。「それかしもあとをくろめうつる〔に〕て候」。 をさなき物つれてきてから、ふしゆをあけ、こそてをひろけてをく。小袖よりさきを、わきのとをる也。よく大夫ともわきとも、ゆいあわせする也。 あしかり たいこうちのそはにいる。「ところの物」とよひ出す。わきの方より、くさかの左(衛)門殿の事をとう。「それは二三ケ年さきに出られたる」とゆふ。又、太こうちのそはへ行。其由上ろうにとう。「さゐせん物」とよふ也。出て「なににても、おもしろき物を見せくれよ」とゆふ。そこて、あんして、「されは、へちにおもし(ろ)き物もなく候か、あしうるをのこの候」由をゆふ。かくやへむいて、「いつものことく、をもしろうあしをうるてあしをうられ候へ」ゆふ。又、わきへのいている。ゑほしひたゝれの事をゆふ。ゑほし□(抹消)ひたゝれきるまに、いろ〳〵ゆふて、「左(衛)門殿いそき御出候へ」とゆふてからのく也。 のもり よひ出。 ゑひら かたるも有、よひ出も有。  女郎花 よひ出。 うかい かたる。 □□(抹・松風)よひ出  同 にしきゝ あこき よひ出。   とをる かたるも有、又よひ出すも有。 田村  同      うねめ よひ出す 〔をくに有〕□□(抹・さねもり)かたるへし 〔□□(抹)出てふるゝ。後にも□□(抹・ふるゝ)〕 うき舟 同 あま よひ出 くわうてい ゆひをさして、「ちやふ ん」とゆふてから、ゆひをさしてかたる。かたりあけてからも、ゆひをさす。又、「ちやふん〳〵」とゆふ也。いろ〳〵口伝有。すなはち、のふよりさきへ出てかたる。是を物おきとゆふ。    ぬへ かたる たゝのり よひ出 たつた 同 小塩 同 井筒 かたる くまさか 同 ていか よひ出 さねもり 〔わきしやうきへこしをかけて〕。 わきあふきをなをすと出て、ふるゝ。又かたりあけて後に、「ゆけう上人此所へ御下向候て、さねもりの御あとをおとふらいなされ候間、みな〳〵御参候へ。其分心得候へ〳〵」とふれてのく也。かたるあい也。 源三位 〔かゝりて、見付かたるへし〕。 国栖  弓と矢と以出る也。かたきぬのかたをぬく也。又一人は、やりを以(持)出る。 もみちかり 女出て、つくり物の右のかとにいる。是持のたちもちよひ出す時出て、あいしらいてから、又のいている。さて、まつしや出てかたる。太刀持て出る。此たちは是持のひたりにをいてから、「其分心得候へ」とゆふてのく也。 大江(会) おもては、とびの面がよし。してがた、又惣の物、ふたいをうとうてまはる也。うたいの内に、「たんかう」とゆふ時、惣物うつふき、うなつく也。 せつしやう石 ほつすをかたけて出る。たれをゆい付て出る。わきなすのゝはらへつゐてから、してはしら一間程をき、はしかゝりにて、「ありや〳〵」とゆふ。わきか、あいしし(衍)らいをしかる。「さて〳〵ふしきな事か御座る。あのかんが一村参と存て御座れ、あの石のそはへ参と存て御されは、ほつたり〳〵とをちて御ざる。あれを以参まして、はんの〔おひじの〕おしるにいたす(ママ)ましやう」とゆふ。わき、しかる也。扨、せつしやうせきの事とう。かたる也。 せかい のふりき、木のゑたになりとも、又竹のゑたになりとも、ふみをゆい付て出る。してはしらのさきへ、一二尺ほと出て、りやうの手に持ち、さきへ少さし出、かたる。一返ふたいをまわる。ゆいあけてから、又まへかとのの(衍)ところにてかたる也。ふれてはいる。 しやり のふりき 〔とひらをあけてみせる也〕。 まへかとは色〳〵ゆふて、あいしらい有て、大こうちのそはにいる。しやりをとつてはいると、こけいづる。とこのそはへ、ころり〳〵とこけ出。しやりてんを見付、きも〔を〕けし、さて僧にふしんする。さて、かたる也。 しやりをとつて、してはしらのそはや(ママ)ゆくと其まゝこけ出る也。さてかたりあけてから、しゆ(ず)とり出、しやりてんへむいてしゆすをすり、「南無いたてん〳〵」とゆふて、しゆ〔ず〕をする也。 三輪 其まゝたつ。宮へ参道すから明神いわれかたる。一返まわりてから明神へ付、つくほうておかむ。衣を見付、いかにもふしんそうにみて、かへる。僧方へ参、かたるへし。 道成寺   〔二人なからのふ力。一人はわきへこけかゝりて、かねのをちたよしゆふ〕。 「たれかある」とゆふて、かねの事を言付也。のふ力二人出、一人あと也。是はさきを持。かねをしゆろうへあけてから、ふへふきまへに、してかたは、いる。あとは、太こうちのまへにいる。大夫とあいしらい言てから、又たいこうちのそはにいる。かね、をつるよりはやく、「くわはら〳〵」と言て一人は、ふたいの方へこけ出、一人あとは、はしかゝり方へこけ出、両方をきあかり、いろ〳〵言てから、ふたいしてはしら二尺ほとさきにて、二人なから、はたと行相、わきへのきて、はしかゝりへ行、二人なから色〳〵言て、かねをいろうて「あつい」とゆふ。みゝへをにきる。「われゆけ人ゆけ」とたかいにじきあり。わきの方へはしりかゝり、かねのをちたる事言ま□(?)に、してかた、かねをしゆろうへあけたるやうたい言。女人かたくきんせいの由をゆい付。是わきへのいてふるゝ也。 くろつか のふ力 わきとつれ立出。ふへふきのまへにいる。大夫、「わらわのねやはし御らん候な」と言て、はしかゝり、大め程ゆくと、ほつとたつて、してはしらのさきへ少出て、「あるしのねやをなみそと申たることはのすへかふしきな」。此由ほうしへうかゝい申。ふへふきのさきにつくほうてゆふ。「申あるしの女しよ上らうの身として夜中にたきゝをこりにいてられて候が、ことはのすへがふしきに候間、ちと見てまいりましやうか」と言て、ほつとたとゝする。わきしかる。此ほつとたとゝするをわきのしてによつて、二度する物も有。又三度仕候も有。但ゆいやわせ次第に仕候。わきの方より「扨なんしもそれにてまとろみ候へ」と言。其時少まとろむ也。わきのほうへ、しりめづかいして、そつとひざをたてゝ、たとゝ〳〵する。わきみて、しかる。爰所を二度にても三度にてもゆいやわせ仕候。わきしかる時「かしこまつた」とゆふて、とゞする。又ねる。扨二度ほとすきてから、い□(虫・か)にもそつとのいて、「さて〳〵きうくつにあつた事かな。してはしらのさき少出てから色〳〵の事言。「あるしのねやをなみそといわれたか、ふしきな事しや。それかしせかれの時よりも人のなみそとゆふ事がみたし、みよとゆふ事がみとむない事しや」。さて、□(抹・戸)ひら少あけてみよとする時、又わきへのいて、はなをふさき、てをあてゝ、「くさい」とゆふ。又ねやをとつくりと見る。はしめ〔は〕とひらを少あけて、後にはみなあけてみてから、きもをつふいて「こわい事かな。さて〳〵、ねやをなみそと申たこそとうりなれ。此由まつ申上」。ゆふて、其まゝそはへはし(り)かゝりて、こけて、ねやのやうたいゆふ。「いそいてのかしられい」とゆふ也。口伝有。立てゆふ事は二度なり。してはしら少さきへ出ゝ(ママ)しやへるへし。 藤戸 長はかま 「御前に候」〇(ママ)そしやうゆい付て「かしこまつて候」。してはしら少さきへ出、「みな〳〵承候へ。此島の御ぬし、さゝきの三郎殿今日吉日を以、御にうふなされ候間、なににてもそしやうの事候はゝ罷出申せとの御事にてある間、みな〳〵其分心得候へ〳〵」。〔ふれてのいている。い所太こう□(ち?)きわ〕 「いかにたれか有」「御前に候」「まつ〳〵したくへか(へ)し候へ」とゆい付。「かしこまつて候」。「やらいたはしの事や。まつたゝしられい。こなたのなけきは尤て御さる。去なから、わたくしもなみたをなかいて御さる。まことに鳥るいちくるいたにも、おやこのわかれとかなしみまするに、こなたのなけきは尤て御さる。まつしたくへかへらしられいや。あらいたはしい事かな」。さてまくをおろす迄、はしかゝり大めほとまて〔いてからみ〕おくりて、そこにいるそ(れ)よりかへる。わきの方へ行て、「たゝいまの女を(ママ)有様を見て、我等こときの物迄もなみたをなかいて御座る」。是をしてはしら少さ〔き〕にて言てから、此由を申上。「いかに申上候。只今の女をしたくへおくり申て御座る。なんほういたはしき事御座る」。〔しか〳〵〕。此物のあとを〔うら〳〵一七日とむらいの事ゆい付。又、「当うら」ともゆふ〕。てんこと同事。くわけんの道具ゆいあける(候)て「あれを申せとも、是を申せともなるまいとおをせらるゝ。まことにそれかしはぶちやうはう物て御座る程に、尤はやなりますまい。又くわけん過てのちには、おさかもりなとは御さらますまいか」〔有由ゆふ〕「其義で御さるならは、大さかつきを以、五はいも十はいもくたされて、舟そこにとつく(て)ねまらして、いひきのやくを仕ましやう」〔「一たんと(な)んしにはにやい申て候」〕。「かしこまつて候」。ほつとたつて、「みな〳〵承候へ。彼物御あとをくわけんかうを以て御とむらいなされ候間、当うらにをきて一七日か間せつしやうをもやめられ候へ。くわけんのやくしやも、いかにもきれい(に)出立、早々御出候へ。其分心得候へ〳〵」。 百萬 「御前に候。いにしへ上(?)はおもしろ事あまた御座候へとも、いまほとは、うちたへて御座候間、しやうしんのおなく(さ)みになにかな御目かけ申たい事しや。爰に百万と申て女物くるいの候か、おもしろくるい候間、是を御目かけ申さうつるにて候」。 〔ふし、太〕「南無しやかむにむ〳〵」。〔同〕「南無しやか、しやか〳〵」。〔太〕「南無しやか〳〵」を四つ五つほとゆふてから、大夫おそく候へは、「なもふた 〔同〕〳〵」。又是三返なりとも五返なりともゆふへし。是はじうたいにいわする也。おなしくとかき付たるふん、ひよしをふむ也。ふたいの中ほとにて、「さはみさあ〳〵」とゆふて、あとへよる。大夫、大つゝみのさきへ、二尺ほとまへにて、さゝのはにてたゝく。「やあはちかさいた」とゆふ。〔太〕「あらわるのおんとうや。わらはおんととろう」とゆふ。「さあらはおんと御とりあろうつる」とゆふてのく也。 ほうか僧 ともをして、ふへふきのまへに〔な〕をる。たちを持て出。してはしら(ママ)、してはしらの本より大夫まねく。ほつと立。\「やあ」とゆふて、名みやうしとう。「ほうあれの」。大夫、「ひん舟にのせて(ママ)」、ゆふ。「のふ、そなたのなは、なにとゆふそ」。「ふうんりうすい」とゆふ。して、まひとり、なをとう。ふたりの名をとうて「舟のせる事はならぬ」〔しか〳〵〕「いや、ふうんしやとおもやれ」。して「そなたはなんそ」。(ママ)「ほうかしや」。して「かのいろ〳〵きよくをする物か」。(ママ)「おふ中〳〵」とゆふ。此由を、のふとしにゆふ。「其義ならはのせい」とゆふ。其時「舟にのりやれ」とゆふ。さて、うちは、色〳〵の物をわきとうてから、大夫「きつてさんたんす」とゆふ。わきにかたなにてをかくる時、「のふ、かなしやのふ」とゆふ。わきをきや(ろ)うとする。(ママ)「なにをさわくそ」と、あいしらい、色〳〵ゆふ。「おかしの人の心や〳〵」とうたいをうとふ時、ほつとたつて「そちかをかしけりや、こちもおかしまて。又、しらは、とはせたいそ」とゆふ時、「そちかしらにや、こちもしらぬまて」。ゆふてのく也。 さねもり 〔下かゝり〕わき出、大神はしらへゆきて、あふきをなをすと、其まゝ立て、ふるゝ也。又かみかゝりには、わきまくの内にいる時出、ふるゝ也。 扨下かゝりも上かゝりも、後のしなはお(な)し事。中入有から出、上人ひとり事仰らるゝ由をゆふて、かゝる。かたりあけて、さねもりのあとをいけのみきわにて御とふらいのよしを、立ふるゝ也。 くらま天句(狗) のふ力 わきと出、文を持、はしかゝりの中ほとにて「西谷の花今を盛にて候間ちこ若衆立を御共なされ、御出あれとの御事にて候」。「まいろうつる由申候へ」「かしこまつて候。こなたへ御入候へ」。たいこうちのそはにいる。わきゆい付、「のふ力き(ママ)一さしまい候へ」。一天しかいなみもふ。まいしまふと、大夫うしろへきている。是を見付て少わきへのいて「やらふしきな事か有。いまゝてなかつたか、すみかしらかある。ゑい、すみがしらかとおもふたれは、すみかしらかとおもふたれは(衍)、客僧かいらるゝ。此由を急て申上」。「いかに申候。あれにすみかしらかと存て御され、すみかしらではのふて客僧か、つくりとしていらるゝ。あれをひつたてゝやりましやう」〔とゆふてほつと立〕。「いや〳〵此所は源平両家のちまたにて候間、みな〳〵御立候へ〔とゆふ〕。「ひつたてゝやりましやう物」。〔わき立とあとにて〕「さて〳〵にか〳〵しい事かある。ゆるりと酉(酒)をのみ、花なとを見物いたいてなくさもふとおもふたれは、此用(様)な、さかもりのざしきをさますわこりよのやうな人には、此にしがらをはたちはかり〔を〕まらせいてな」。たちてこふしをにきりゆふ。 又後のあいしらいは、このは天句(狗)になりて、つへをつき、そはつききて出、「きいたか〳〵」とゆふ。出て、みなの物、けいこに〔大しん〕はしらときりやうて、一人〳〵はいる也。「しやうなをう殿御出有、兵法を御つかい候へ。其分心得候へ〳〵」ゆふ。〔「かやうのさかもりのさかもりの(衍)さしきをさまし候間、ひつたて申さう」とゆふて、ほつと立。「みな〳〵かへろう」とゆふ〕 花月 わきとつれ立出、太こうちのまへに入。わきよひ出、「おもしろき物を見せてたまはり候へ」。いろ〳〵ゆうて、かくやへむいてよひ出。大夫してはしら過てからたつて、「ちしゆのくせまい、こうたをうとふて、なくさましられい」とゆふてからたつて、あふきをひろけて「こしかたより」とあいしらいか、うとふ。大夫てをなけかけて、ふたいをまわる。其時してはしらのさきにて、あしひやうし三つ。又めつけはしらに、ひやうし三つ。大しんはしらにて、ひやうし三つふんて、又本の處にて大夫つきたをす。ほつとたつて、「やら是成木には目が有よ。目かとおもへは、うくゐすか。らつくわらうせき仕、つふてゝ、うちころいてやろ。かたきぬのかたをぬいて「弓をいよ」とゆふ。色〳〵ゆふてのく。「いにしへのちゝの左衛門にて有か。見わすれて有か」とゆふ時、ほつとたつて、いろ〳〵有て、かつこをつくるとき、大夫ほされぬ用に色〳〵ゆふてのく也。 藤永  〔藤永のともをして太刀を以出、其時いろ〳〵ゆふてのく也〕                 〔のふ力〕又なる(お)のともして出、「さらは一さしまい候へ」とゆふ。一天四かいなみをもふ。大夫、しねんこしのくせまいもふ。「りやうとけきしうと申も、此御世よりおこれり」とゆい、しもふと其まゝたつて、「又きみのおからかさを、れうとけきしうとかたけて我等もともに参けり」とゆふて、まいしまうと、さいみやうしよふ。色〳〵ゆふ。此由を藤永殿にゆふ。さいみやうしへ、藤ゑいのくちうつしにゆう。又わき「いそいてまへ、みやう」とゆふ。其時「をのしは、あまりな事をゆふ物しや。みかまゝならは、此にしからをはたちはかりをまらせいてなあ」ゆふ。のく也。 かんたん 女に(い)てたち。そはつききる也。まへのほうを、いとにてとつる。まくらをた(か)かへ出、ひたりにして〔以〕、はしらより少さきへ出て、色〳〵かたる。〔まくらをとこのうへ、しやうめんにをく〕。扨たいこうちのそはへゆ〔き〕ている。大夫案内をゆふ。「先をこしをめされ候へ」とゆふて、こしをかけさする。大夫よりすこしさきへ出て、つくまいて大夫と色〳〵言てのく。さて、がく過てから、いかにもつがいのぬけぬ用につる〳〵と行て、あふきにてゆかをたゝいて「いかにたひ人、おひるなり候へ。あわのう〔く〕ご出き候」と言てのく也。 〔がく過て、大夫ねるをたゝく〕 春永 しやうそくは、かたきぬ。くゝりきる也 たか(は)し殿とつれ立出。太刀もつて出、さてわきなをると、わきのひたりのかたにたちをおく也。「いかにたか(ママ)れかある」。「御まへに候」。めしうとの事かたくゆいつける。又たねなを出て、小大郎案内をこう。其時出て、色〳〵つかいをして、わきとたねなをへつかいする。さて太刀かたな、あつかる。それをひたりにもち、又「小大郎がかたなも、をこせい」と言。いかにもぶちやうほうにゆふ。小大郎をこさぬ。其時きつくしかり、かたなをとる。太刀ぬき、せいはいする内〔に〕はやうちくる。いのちたすかる。其あつかる太刀かたなを、しうたいのまへにをく。わき「いかにたれかある。いそきたちかたなをかへし候へ」とゆふ。「かしこまつた」と言てから、たちかたなをわたしてから「いたはしき事かな」と色〳〵ゆふ也。たちかたな参て、太こうち所〔に〕たねいる。「たちをまいらせい」とゆふとき、「ゑほしひたたれめされ、いそき御まいり候へと申候へ」とわきゆい付〔る〕。其時たちかたなをもち、たねなをにたちをまいらせ候とき、わきのくちうつしにゆふて、さてしてはしらのさきへ出て、いろ〳〵めてたき事をゆふてから、「たねなをいそき御出候へ」とゆふ。ゑほしひたゝれきる内にいろ〳〵ゆふ也。 竹生嶋 のふ力。らいしやうにて出る いろ〳〵かたり言てから、かきをこしにさし出る。さてしんかへれいをゆふて「たから物をおかませ申さう」とゆふ。わき「みよ」とゆふ。其時「先是か当しまのかきて御さる」。あふきにのせてみせる。しやうめんへうしろむいて、しやたんとひらをあける。「こと〳〵きり〳〵」、りやうへあけて、さておかみてから、しゆず、ふところに入て出、おかみしもうてから、いんをむすふまねをする。たちのいて「さらはおかましられい」とゆふ。さてたから物をみせる。みなことく〳〵おかませ〔て〕から「此所に岩とひと申事の候」。此由をうかかう。さてまいはほうかくをまふへし。つめは、「くつさべ。ごと〳〵」と言てはいる。 はしめにかきをみせてから、とひらをあけて、いんをむすひ、しゆす、五返んも三返んもくり、かんきするていに、くちをうこりうこ(〳〵)とうこかす。さてたから物を見せる也。 はし弁慶 つるめそなり きよ(う)けんし二人、あひしらい。たいこうちのまへにいる。しやうそくは、つきん・水衣きて、水をけを、わいかけにして、はしり出る。一返んまわる。ふたいの中ほとにてこける。あとのあひしらいは、なになりとも(さ)きのこけたる物をひきたて、いろ〳〵ゆふてのく也。二人して、はやつゝみにて出る。いかにもきもをつふいて出る。扨後に「やれ、をれもつれていてくれ。やれ〳〵」とゆふてはいるもあり。 たんふう 〔わきに太刀あり。しかいをよくかくす也〕 たちをもちていつる。扨、僧よひいたす。わきへとりつきいろ〳〵する。僧か人をあやめのく。其後 ゑほしをり はしめ出る物は竹馬にのりてふるゝ也。ふたい一返まわる。書物とよく見合る也。三人成共五人なりとも出る也。してかたは、こしに、くしり・ひつしき付て出る。のこぎりもさいて出物も有。のほりはしをかたけて出物も有。ほそひきもちて出物も有。まへかたにはしかゝりに〔て〕色〳〵ゆうて、してかたは、くしりをさいて出、のほりはしにほそひきをゆい付て、ほりをなけわたし、みな〳〵はしをわたる。はしのこをふまへはいもてわたる。わたりすまいて、やしりきり、かべゑ水をかくるまねして、つちをおとし、あとにいる物にやる。其間やしりきるあひた、みなの物手まねきする。くしりにて、かべつちをおとす也。ひつしきを下にしき、つちをいるゝ。是を次第〳〵にやる。すつる也。ほりにゆきかゝりてから、ほそひきに石をゆい付てなけこむ。ほりのふかさみる也。ほそひきをはしに付□□(抹)て、はしをなけわたす時、はしのはしをふまへてなけわたす。 みなの物こしにぬ〔す〕人の道具さいて出る。扨かたなにて、かべしたじ〔の竹を〕きる。さて、まはしらにゆきあたり、てにてほん(ママ)をとる。是をのこきりにてひききる。いごかいてみる。ひざをなをいてはしらをひきぬく。てまねきして、あとな物にやる。さてかたなのさきへ、ひつしきのかはをゆい付て、内を人のみる用(様)にしてあちへさし出、こちへさし出て、さてしてはしらのきわにて、とうらんよりひうちつけたけ取出て、火をうつまねして、たいまつに火付、さし出、してかた是を取、うちへなけこむ。牛若殿、たちをぬき、いまのたいまつをなけこむ。牛若殿きりをとす。たいまつのなけ用(様)、はしめのをたてゝなける。二のたいまつをひざへなけつくる。是をあしにてふみけす。三はんめのたいまつを、おびしより、五すんはかりうへゝ、なけつける。是を牛若殿ひたりの手にてとつて、こちへなけかへす。其時牛若殿、たちのさやにてきやうけんしをきる。「やう(ママ)かなしやう(ママ)」とゆふてふしころひ、こけるを、二人してりやうのてをかたにかけてはいる。一人は其物のあしをもち、して、かいてはいる。してかたを、□□□(三字空白) いろ〳〵口伝有。たいまつをもつて出る物もあり。ひうちい(し)をう(ママ)もつて出る物も有。はしをかたけて出る物も有。ほそひきもつて出物も有。人をゝく候はゝ、いかほとも出る也。さて此物ともぬす人なれは、ぬす人のなりをして出る。いろ〳〵すきんきる也。いろ〳〵さま〳〵のていをして出る也。のこきりは、いたにやきはをやき、さいて出る。 ふしたいこ わきとつれ立、出る。たいこうちのまへにいる。わきのよひいたす。ゆい付るも有。又ゆい付ぬも有。両のつかいする也。 さいきやうざくら わきとつれ立。わきよひ出、花見きんせいゆい付る。大夫きて、あいしら〔い〕をよひ出、此由わきへゆう。しやうめんの方へむいて、とひらをひらく。「こなたへ」とゆうてのく也。 七きおち わきよひ出、舟を出せとゆう。ふねを大つゝみうちのまへにをくも有。ふへふきのさきへをく有。大夫とよくゆいやはせする也。大夫とわきと色〳〵言て、かたなにてをかくるとき、わきの方へてをかけて「しはらく」と言て、いろ〳〵しなをしてのく也。 とうかんこし 〔是はしねんこしでし也〕 わきとつれ立出る。たいこうちの本いる。わきよひ出て「おもしろき物あらは、みせてたまはれ」と言。がくやへむいて、こしをよひ出てのく也。其まゝ一せいうち出す。あいしらいいわぬさきに、つゝみなとうち候へは、きやうけんしよりつゝみうちへ、はちをあたゆる也。 せんじそか のふ力 ぜんじほうとつれ立出る。たゝこ(み)たひ、わきのそはに有。此上、なこまとうのとひらをひらく。のく也 くまてほうくわん 此間にはなすの与一をかたるへし。 はんごんかう のふ力也 つくり物ふたいのさきな(ママ)中にをく。大夫いてゝ「やとかろ」と言。ていしゆへゆいつく也。後にしかいを(の)事をゆい付る。はしめにふ(た)いに小袖有。いろ〳〵かたりをゆうてから小袖を〔い〕たきて、いかにもをもたそうにいたきてはいる。「しがいをおくり申候」と言てから、わき「かうはんを出せ」と言。「心得て候」とゆうてのく。内よりかうはんもつていつる。ふたいの中ほとにをく。大夫とよくゆいやわせする也 竹の雪 かつらをかけて女にてたち出、たいこうちのまへにいる。わきよひ出、いてゝ色〳〵言て、大しんはしらの本へゆきている。わきはいると、又月わかをしかる。いろ〳〵言てから、きよ(う)けんしをよひ出、ゆい付る。月わかよひにゆく。きたりたるよしゆふ。きたりてからいろ〳〵しかり、言てのく也。二人してあいしらいする也。 きふね 大夫、ふたいのしやうめんにておかみきねんする。てをあわせおかむ。うたいはてゝから、たつてかたる。さて大夫下向すると、ふたいの中ほとにてゆきやい、いろ〳〵言てから、たいこうちのそはへゆきている。せいめいよひ出。「御まへ候」と言てたつ。「心得た」と言、がくやへはいる。たんをしやうめんにをく。たなの竹のかつ、なにゝても月のかつをく。十二月、又うるいがあれは十三かく。書物とよく見合出也。 けんさい八嶋 「当うらの物」とよひ出、「当浦物」とこたへ申也。 扨も八嶋〔の〕かせん、けふは日暮ぬる。あすのいくさとさため、ひきしりそく処、をきの方よりも、しんしやうにかさつたる小舟に、十七八のけいせい、やなきのいつゝかさねに、ちしうのはかまふみくゝみ、つまくれないに日□(虫)たるあふきをはさんてさしあけ、くかにむかいてこがせ(し)ける。いそきはちかく成しかは、舟をよこにひかへ、是あそはせとそまねきける。ほうくわんことう兵衛さねもとをめされ、「やあ、あれはいかに」と御状有。真元うけたまはつて「さん候。あれあれはいよとの事にてもや候らん。去なから、大しやうくん、や(お)もてにすゝんて御らんせんところて、たれねろふて、いをとし申さんとのはかり事にてもや〔候らん〕」と申せは、ほうくわん「扨身方に、いつべき物たれかある」「さん候。御身方にいて、あまた候中にも、下つけの国の住人、なすの太郎助高が子に、与一□(抹・助)宗高とて、小ひやうに候へとも手しやうすにて、かけとりなとを仕候に、三つに二つはかならす、いわうせ候」と申せは、ほうくわん「さあらは与一をめせ」とめされしに、年比はたちはかりのをのこなるか、かちんにあか地のにしきのひたゝれをき、かふとをぬいて、たかひほにかけ、ほうくはんの御前に参る。ほうくはん御らんして「いかに与一。あのけいせいのたてたるあふきのまん中いて、平家に見物させい、与一」。「ゑい、さん候。いまたかやうのふん物仕たる事も候はす。一しやう仕ろふつるともからにおふせ被□(虫)ひやうや」と申せは、ほうくわん大きにいかり「今度かまくらをいて、此じんへ共したらんつるさふらい、よしつねがめいをそむくへからす。それにしさいをそんせぬともからは、いそきかまくらへ出候ておかゑりそへ。後日にかまくらにてさた申へし」と、いかりたもふ。与一、じし申あしかりなんと存、「つかまつろうつる事、ふしやうには候へとも、仕てこそみそうらはめ」とほうくはんの御前を罷立。 其比なすの小くろとて、きこうる名馬に、まるほやすつたる金ふくりんのくらしかせ、わか身かるけにゆらりとのり、いそへむいてそあゆませける。御前の人々も、只今の若物こそ、一しやう仕ろふつるともからとこそ申されける。ほうくわんもたのもしけにて、みたもふ。 かくて〔少〕やころとをけれは、うみへさつふと打入、馬のふとはらひたすほとこそ見へにける。ころは三月十八日鳥(酉)の一天の事なりしに、折節北風はけしうふき、舟はちいさし、なみは高。ういつしすんつ、うきぬしつみぬ見へけれは、あふきも〔さ〕たかならす。与一めをふさき「南無きみやう八まん。なすはゆうせん大明神。たゝいまのあふきのまん中いさせてたべ。是いそんつる物ならは、弓きりをつてうみに入、このまゝしかいし、ふたゝひ本国へかへるへからす。いま一度本国へかへさんとおほしめさは、此矢はつさせた(ま)ふな」とふかくきせいし、とんくり目にひらきみれは、風も少ふきよはり、あふきもいよけにみへにける。与一小ひやうといふしやう、十二そく三つふせとつてからりとうちつかい、よつひいてはなつ。あやまたすあふきのかなめきは一すんはかり上を、ひふつといきつて、かぶらはうみに入は、あふきはそらにあかり、春風にひともみふたもみもまれ、うみへさつふと入。つまくれないに日出したるあふきが、白なみのうへにうきぬしつみぬ、〔い〕つしつんつ、うきぬしつみぬみへけれは、たゝさなから、こうやうのちりうきたるにことならす。平家にはふなはたをたゝき、「いたりや、おのこ」とかんつれは、源氏にはゑひらをたゝき「いたりや、むねたか」とかんつる。ほうくわんあまりのうれしさに「やあ、其与一をおくのまへつれていて、ちゝをすはせい、ゑい〳〵。しい〳〵はい〳〵はい〳〵」とゆうて、馬にのりたる心もちして、かくやへかけはいる也。よく〳〵いゝ合して、いつへからす。 康章 書画(朱印) 「能目録」 〓(斑)女 黒塚 自然〔居〕士 芦苅 ひつし 氷室 愛寿忠信 安宅 舟弁慶 すゝき かねもと 三井寺 賀茂 鉢木 もち月 しやつきやう 高砂 山女(姥) 道明寺 志賀 野宮 東北(岸)居士 せ□(抹消)いをうほう 瀧つ田 兼平 当麻 かつらき 定家 岩舟 江ノ嶋 仏原 源氏供養 車僧 小かち 大佛供養 をくにも有 大六天 めかり 禅師そか さしやう ほうかく りやう(この二行意味不明) 飛雲 うのまつり 俊寛 文字(覚) 盛久 難波 天鼓 松風 三輪 とう舟 道成寺 はころも 大佛供養 梅かえ ひはり山 楊貴妃 ほうか僧 舟弁慶 小油(袖)そか ともなが 芭蕉 鶏立田 浦かへ 錦戸 盛久 行家 【解題】  本稿は、鴻山文庫が所蔵する間狂言伝書、升形本「あい之本」付能目録二冊(『鴻山文庫蔵能楽資料解題 下』第十一章狂言・五〇 間狂言14))の翻刻である。流派ならびに成立年代は不詳ながら、江戸初期以前の内容を持つと推測され、まとまった間狂言伝書として、寛永十六年の奥書を有する『大蔵虎清間・風流伝書』(同上 間狂言1』。能楽資料叢書1「大蔵虎清間・風流伝書」に翻刻)と並び、最古の部類に属する。  本来無題の書だが、ほぼ正方形の特色ある形態を有することから、升形本「あい之本」と仮称されてきた。升形の能楽関係伝書は他に類例が無く、古風な印象を与える。全二冊の内訳は、間狂言の所作を記した一冊(「所作付」)と、能曲名を目録風に記した一冊(「能目録」)で、二冊を一括して栗色の帙に入れる(帙は候補)。二冊は内容としては別種だが、原本はともに仮綴で、形態が近似し、一体の伝書であったと推測される。翻刻にあたって、あらためて、従来の仮称を書名として採用し、二冊の書名を『升形本あい之本』とした。区別が必要な場合は、書名に各々「所作付」、「能目録」を加えて示す。 〔第一冊・所作付〕 139㎝×149㎝。袋綴。栗色表紙。左上の薄黄色題簽に「あい之本」と墨書。虫損があり、全体を補修する。表紙と題名は補修後のもの。原題無し。料紙は斐楮交漉紙。墨付五十四丁。片面九行書が基本だが、行数は八~十二行まで幅がある。初丁オに「鴻山文庫」の印。終丁ウに「康章書画」の朱印。本文は漢字交じり平仮名書き。補筆は墨書で、本文と同筆。  七十二曲を所収。冒頭(一丁オ~ウ)に三十八番の曲名を目録風に列記するが(うち一番は抹消)、目録と本文の対応関係には乱れがある。すなわち、目録の曲はすべて本文にあるが、逆に本文があるのに目録に記載しない曲が半数近くあること、目録冒頭〈芦刈〉~〈頼政〉は本文の順番と一致せず、〈三輪〉以降の順番は本文の順番と一致することなどである。また、〈竹生島〉と〈実盛〉の二番は、重複して記事がある。  内容の大半は、アシライ間を主体とする間狂言型付である。ただし、冒頭の「かも」は「田植」(替間「御田」)の詞章、「八嶋かたり」(本文では「けんさい八嶋」)は「那須与一語」)の詞章である。各曲の型付は、書式・記述内容ともにきちんと整理されたものではなく、精粗が大きい。たとえば、〈烏帽子折〉の「ヤジリ切り」のような長大・詳細な記事がある一方、「老松 よひ出」、「ゆみ八幡 まつしや」など、舞台に出る形式や扮装だけを記述した簡略な条もある。  書式は、上を五字分ほどあけて曲名を書き、行を改めたのち、セリフを適宜引用しながら間の所作を経過に沿って記入する。曲名下に扮装などを注記することもある。また、終曲まで記述してから、前に戻って追記することもある。曲の変わり目は二行ほどあける。  〈黒塚〉に「よの本にもあり」と注するところから、類似の間狂言伝書が他に存在した如くであるが、「能目録」がそれに相当するわけではなく、他本の存在は知られない。また、流派は不明ながら、〈道成寺〉は下掛リの型、〈自然居士〉は上・下の型を対比させながら記述する。  江戸中期以降に書かれた各種の「型付」のように整った形式をとっていないことは、本書が草稿の類だった可能性を示唆すると同時に、成立の古さの一根拠ともなろう。後代の間狂言伝書のような間に特化した記述に留まらず、対応するワキの動きやセリフにもしばしば言及しており、舞台進行の様子全体が浮かぶ利点がある。内容的にみても、本舞台の名称がいまだ確定していない状況が察せられ、「橋掛かり大目ほど」などと表現する。一方、〈加茂〉の「ほうかくをまふ」など述語化している表現もあり、それらが現行の何に対応するのか、今後の課題である。現在とは異なる演出や古風な演出が記述されているのも、本書の特色であり、貴重な点である。次節に一端を述べるように、〈烏帽子折〉の触レが「竹馬」に乗って出る、〈皇帝〉の狂言口開けに独自なセリフがある、〈殺生石〉で笑いを取るセリフがあるなどで、これらを解明していくことによって、江戸初期の間狂言研究が大いに進展することが期待される。 〔第二冊・能目録〕 135㎝×138㎝。仮綴、共表紙。斐楮交漉紙。虫損あり。未補修。全六丁。墨付五丁。奥書ナシ。  六十五番の能曲名を目録風に記す。うち、五十八番の曲名は第一冊と重ならない。〈愛寿忠信・鈴木・ 兼元・行家〉などの希曲を含む。〈大仏供養〉に「をくにも有」と注記するが、その痕跡はない。  解題の最後に、枡形本「あいの本」にみられる時代の古い演出とおぼしき記述をいくつか補足として取り上げたい。  時代の古さを示す演出として、たとえば、〈烏帽子折〉に、最初に登場する触レ・六波羅の早打が、源義経を討ち取れと諸国へ触れる際に「竹馬」に乗って登場し、アイ(盗賊たち)が、家尻切(強盗のため家屋・蔵を破壊)をする写実的な演技をすることが挙げられる(注1)。アイは、「いろ〳〵なずきん」をかぶり「ぬす人のなりをして」舞台に登場する。家尻切の眼目は、くじり(孔をあけるのに用いる錐の一種)、引敷(腰当、尻皮)、のこぎり、登り梯子、細引といった盗道具を用いて宿に侵入し、牛若丸らに撃退されるまでを演じることで、笑いをとることだったようだ。  他にも、〈竹雪〉に「かつらをかけて女にてたち出」とあり、アイ(継母)が鬘をつけていることが挙げられる。現行曲では〈邯鄲〉のアイにみられる演出だが、かつて〈竹雪〉にも用いられていたことがわかる。  また、作リ物の演出では、〈七騎落〉では現行一艘の舟の作リ物を用いるところを、当史料では二艘を出していると解釈できること、〈放下僧〉で舟の作リ物を出していることなどが挙げられる(注2)。 〈橋弁慶〉はアイが「つるめそ(最下級の神人。犬神人)」で、現行の替間「弦師」にあたる(注3)。左に掲出する。    きよ(う)けんし二人あひしらい、たいこうちのまへにいる。①しやうそくはつきん水衣きて、水をけをわいかけにして、はしり出る。一へんまわる。ふたいの中ほとにてこける。あとのあひしらいはなになりと(ゝ)きのこけたる物をひきたていろ〳〵ゆふてのく也。②二人してはやつゝみにて出る。いかにもきもをつふいて出る。扨後に「やれ、をれもつれていてくれ。やれ〳〵」とゆふてはいるもあり。(以下、引用の番号・傍線は私に付す) 傍線①で示したようにアイは頭巾・水衣の装束に、水桶をわいかけにする。『七十一番職人歌合』で「つるうり」が、黒漆塗笠をかぶり、覆面し、脇に弦を入れた桶が描かれていることから、本曲のアイも実際の弦師に似た装束にしていることがわかる(注4)。アイ二人のやり取りは簡略な記述だが、五条大橋で牛若丸が人を斬るさまを見たアイ二人が「きもをつふいて」登場し、一人が転び、もう一人がその転んだ物について語ることで、二人が怖がる様子をユーモラスに演じることに眼目がある。なお、川島朋子氏は早打アイとして登場するのを「かなり後になって作られたと考えてよい」として江戸末期と推定しているが、傍線②で示したように、当史料でアイが「はやつゝみ」で登場することから、元来の演出と考えてよいだろう(注5)。  アイがユーモラスなセリフ・演技をする演出は、〈藤戸〉〈殺生石〉にもみられる。〈藤戸〉ではアイ(佐々木盛綱の下人)が、前シテ(漁師の母親)を送り届けた後、管弦講の酒宴で「大さかつきを以、五はいも十はいもくたされて舟そこにとつてねまらして、いひきのやくを仕ましやう」と、自らイビキをかこうというセリフがある。同様の文句は『貞享松井本』にもみられる(注6)。  〈殺生石〉のアイ(能力)が、飛ぶ雁が地面に落ちたとワキ(玄翁)に報告する場面で、「あれを以て参まして、ばんのおひじのおしる(晩のお非時のお汁)にいたす(ママ)ましやう」とおかしみのあるセリフを言う場合も、物語の展開から逸れて「笑い」をとろうとしている点で、〈藤戸〉と同様である(注7)。いずれもセリフ・演出に流動性があった時代の傾向を反映するもので、現在よりもアイの演技によって笑いをとっていたことを窺わせる。  〈檀風〉には目を引く記述がある。次に全文を掲出する。     たんふう わきに太刀あり。しかいをよくかくす也    たちをもちて「いつの扨」。僧よひいたす。わきへとりつきいろ〳〵する。僧か人をあやめのく。其後 〈檀風〉の記述は途中で切れている可能性がある。現行宝生流の展開では、梅若が父の仇・本間三郎を帥の阿闍梨とともに殺害するが、当史料には「僧か人をあやめのく」として梅若について言及がない。傍線で示したように、アイ(太刀持)が本間三郎の死骸を隠す演出がある。本曲は、父子の情愛、日野資朝の刑死、梅若の仇討ちといった緊迫感のある展開が続く劇能だが、そのなかにアイが本間三郎の死骸をどのように隠すか思案する演技が見どころの一つにあったのかもしれないと想像が膨らませられる。  死体を表す演出には「反魂香」がある。「反魂香」は、娘が客死したことを知った父が、死者の姿を蘇らせる反魂香を焚くことで、娘の亡霊と再会するという筋立ての番外曲だ。本文を掲げる。    ①つくり物ふたいのさきな中にをく。大夫いてゝ「やとかろ」と言て、いしやへゆいつく也。後にしかいの事をゆい付る。②はしめにふ(た)いに小袖有。いろ〳〵かたりをゆうてから小袖を〔い〕たきて、いかにもをもたそうにいたきてはいる。「しがいをおくり申候」と言てから、わき「③かうはんを出せ」と言。「心得て候」とゆうてのく。内よりかうはんもつていつる。ふたいの中ほとにをく。大夫とよくゆいやわせする也。 アイ(能力)が、傍線①「つくり物」を出し、傍線③「かうはん(香盤)」を置くという記述から、本曲では作リ物で父娘が泊まる宿を表し、反魂香を焚く場面で香盤の小道具を用いることがわかる。  目を引くのは傍線②「はしめにふ(た)いに小袖有」と、娘の遺体を小袖で表す演出である。「小袖を〔い〕たきて、いかにもをもたそうにいたきてはいる」と、アイが小袖を遺体として大事に扱うよう演技することを注意喚起している。死体を小袖で表す現行演出は、前述〈壇風〉で刑死した日野資朝の遺体を帥の阿闍梨が弔う場面でも用いられる。いずれも小袖を用いて、遺体を丁重に弔う演出が共通する。ただし、江戸初期成立『間 拍子舞』には、娘の死体について、「しか〳〵ありて、女しする。爰にて笠をく」と、遺体を笠で表すよう指示している(注8)。これは「反魂香」の文献上の初出が草稿本『歌舞髄脳記』(1456年以前成立。原曲名「不逢森」で記載)で、江戸初期には番外曲になったため、実際に舞台上で上演されたかどうかは別として、死体の演出にバリエーションが生まれたためであろう。  最後に「那須与一語」を挙げる。〈矢島(八島)〉には、「よ一をかたる時は、わきとよくゆいあわせする。あいのかたり大事て御座る」とし、替間「那須与一語」への言及がある。興味深いのは、当史料には〈現在八嶋〉に注記もなく「那須与一語」を載せ、最後に「馬にのりたる心もちして、かくやへかけはいる也」とあることだ。目次には「現在八島」にあたる箇所に「八嶋かたり」とあるため、当史料の筆者は「現在八島」の間を「八嶋かたり」と認識していた。さらに、〈熊手判官〉にも「此間にはなすの与一をかたるへし」とあることから、〈矢島〉の替間としてだけでなく、〈現在八嶋〉〈熊手判官〉の間狂言として「那須与一語」が用いられていたことがわかる。〈熊手判官〉の別名が〈現在八嶋〉だった可能性を含めて、「那須与一語」がどのように用いられていたのか、今後の課題としたい。 (注1)田口和夫「間狂言小論 四〈烏帽子折〉の家尻切」(『能・狂言研究』三弥井書店、1997) (注2)小田幸子「能の舞台装置 作り物の歴史的考察(下)」(『能楽研究』13号、1988)、小田幸子「『放下僧』演出史」(『能楽資料センター紀要』6号、1983) (注3)現在、「弦師」は和泉流の替間だが、〈夜討曽我〉の大蔵流の替間「大藤内」の大筋は同じである。 (注4)新日本古典文学大系『七十一番職人歌合 新撰狂歌集 古今夷曲集』(岩波書店、1993)。法政大学能楽研究所蔵『和泉流間狂言伝書』(天保十五年1844識語)「橋弁慶ツルシ」には「白キ布ニテアタマヲ包ム。ヒタイヲ包又フク面ノヤウニ目ヨリ下ヘモマワシ、結ヒ留テ、下ヘ廻タル布ヲヒタイエ打上ル」とある。 (注5)川島朋子「〈橋弁慶〉の替間「弦師」とその周辺」(『国語国文』68─1号、1999) (注6)能楽資料集成『貞享年間大蔵流間狂言本二種』田口和夫校訂、わんや書店、1986 (注7)小田幸子「アイ狂言の「笑い」(『銕仙』378号、1990) (注8)小田幸子「資料紹介 『間 拍子舞』の翻刻と解題」『芸能の科学』29号、2002